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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8089号 判決

原告

檜山義江

被告

安田隆蔵

ほか一名

主文

一、被告両名は連帯して原告に対し金一五万円およびこれに対する昭和四四年八月一七日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、原告の被告両名に対するその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告と被告両名との各自の負担とする。

四、この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告両名は連帯して原告に対し金三二五万五〇〇〇円およびこれに対する昭和三九年一〇月三一日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告両名の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和三九年一〇月三一日午後二時三〇分頃

(二)  発生地 山梨県富士山五合目富士スバルライン終点ロータリー路上

(三)  加害車 自家用貨物自動車(小型トラック)

運転車 被告安田武

(四)  被害者 原告(右加害車の後部荷台に同乗中)

(五)  態様 加害車の発進後、後部荷台に同乗していた原告が路上に転落した。

(六)  被害者原告の傷害の部位程度は、次のとおりである。

脳挫傷

1 事故の翌日、天木病院にて診療を受けた。

2 昭和三九年一一月五日に意識不明となり救急車で富士見病院に入院し、同年一二月三〇日まで入院治療を受けた。

3 右退院後、右病院へ昭和四〇年三月末まで毎日通院し(歩行不能のためタクシーを利用した。)、同年四月一日から隔日に、半年後からは三日おきに通院し治療を受けた。

4 昭和四〇年六月に常盤台外科病院にて診察を受けた結果、脳挫傷後遺症と判定された。

5 昭和四一年三月頃には多少快方に向つたが、健康時の半分の能力も回復できていなかつた。

二、(責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一)  被告隆蔵は、加害車を業務用に使用し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(二)  被告武は、事故発生につき、安全運転義務を怠り、原告を振り落した過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

三、(損害)

(一)  治療に伴う諸雑費 金一〇万円

即ち治療費そのものは医療扶助を受けて全額国庫負担であるが、原告及び家族の通院交通費、栄養補給費(特別に栄養をとるように命ぜられたため)、雑費として概算金一〇万円の支払を余儀なくされた。

(二)  休業損害 金一六五万五〇〇〇円

原告(昭和五年七月七日生)は日当金一八〇〇円を得ていた左官職人であつた。

イ 昭和三九年一一月以降四一年三月分まで(日当一、八〇〇円)

1,800円×25日×17=765,000円

ロ 昭和四一年四月以隆四二年五月分まで(日当一、八〇〇円)

1,800円×25日×14=63万円

ハ 昭和四二年六月以降同年八月分まで(日当二、〇〇〇円に値上り)

2,000円×25日×3=15万円

ニ 昭和四二年九月以降(日当二、五〇〇円に値上り)二三カ月間にわたり或る程度稼働できるようになつたけれどもほぼ金三九万円相当分を得ることができなかつた。

なお右ロ、ハの時期に若干稼働できて、その間の収入は金二八万円を得ることができた。

以上差引きすると休業に伴い金一六五万五〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。

(三)  慰藉料 金一五〇万円

本件事故は長女が生れて間もない時であり、収入の途が断たれて物心両面で甚大な苦痛を受けた。原告は元来頑健で有能な左官職人であつたところ、後遺症になやまされ、妻は原告の病状に希望を失い離婚し去つた。これ等の事情から慰藉料は金一五〇万円を相当とする。

四、(結論)

よつて被告らに対し原告は請求の趣旨どおりの判決を求める。

第四、被告らの答弁

一、請求原因第一項中(一)から(五)までは認め、(六)は不知。

二、同第二項中、被告隆蔵が加害車を業務用に使用し運行供用者であつたこと及びその運転手が被告武であつたことはいずれも認めるけれどもその余は否認。即ち被告両名は賠償義務を負担していない。却つて原告が自からその不注意により転落負傷したものである。

三、同第三項は不知。原告が左官であることは認めるけれども元来頑健で有能であつた点は否認。原告は生来、梅毒性脳傷害を有していたことは職人仲間では周知の事実であり、そのために仕事を休むことも多く、日当も一般より安かつたのを被告隆蔵が同情して雇入れて一般並みの金二〇〇〇円の日当を支払つていたので原告は感謝していた。

四、同第四項は争う。

五、免責の主張

1  被告隆蔵は建築請負業者であるところ、原告を日当二、〇〇〇円で左官職人として雇つていた。昭和三九年一〇月二日から末日にかけて河口湖畔で新築工事を被告隆蔵が請負い、原告が左官として働いていた。

2  右工事が完成したので、慰労の意味で富士登山した。午前七時三〇分頃、工事現場の寮で被告隆蔵、村松(電気工事担当)、原告の三名で飲酒(日本酒一升ビンで七合位を三人で飲んだ。)し、残りの三合を案内人として同乗する佐野亀吉に渡すこととしていた。午前九時頃、加害車に乗つて出発した。その途中原告は、ひそかに右残り三合の酒を一人で飲み干してしまつた。

3  午前一一時頃、富士山五合目に到着、茶店にて原告はウイスキーの小ビンを買い、ストレートで飲んでしまつた。被告隆蔵は「山では気候が変つているから水割りにしなければ飲んでは、いけない」旨を注意しておいた。

4  そこから帰路につくべく、原告を加害車の荷台(運転台の背中)にある綱につかまらせ、かつ、シートの上にしやがませ、佐野亀吉(案内人)は運転台の後部につかまつて立ち、一同が完全に乗車し、安全を確認して、時速五粁位で(ローターのカーブでもあり、下り坂になるため)ゆつくり発進した。従つて原告を振り落すような状況ではなかつた。

発進直後、原告は酔余身体の自由がきかなくなつていたにもかかわらず、立ち上り、荷台上を移動しようとしたため足許をとられ、自から転落したものである。原告の自損行為であり、被告側には何等の過失もない。

5  そのことは、原告が事故証明の発行を所轄警察署に赴いて依頼したけれども、交通事故扱いにされなかつたし、被告武は何等の責任も問われておらない、ことによつて裏付け得る。従つて本訴請求は棄却さるべきである。

理由

一、請求原因第一項(本件事故の発生)の(一)から(五)までは当事者間に争いがない。(六)について検討する。〔証拠略〕によれば、本件事故により脳挫傷の傷害を受け、富士見病院に昭和三九年一一月五日から同年一二月三〇日まで入院治療を受け軽快退院したこと、その後二カ月位は自宅にて安静療養と通院とをしていたこと、その間昭和四〇年一月一四日常盤台外科病院にて検査を受けたときは、外形的異常は認められなかつたこと、昭和四二年四月二七日の診療の折には強度の頭痛を訴えていたこと、昭和四三年三月二七日から同年五月二九日まで五回にわたり日本大学医学部附属板橋病院にて診療を受けたけれども、脳波の検査につき軽度の異常が認められたけれども、外傷に因る異常脳波かどうか不明であると診断されていること等を認め得る。

二、同第二項(責任原因)につき、被告の「免責の主張」を併せて検討する。

被告隆蔵が加害車の運行供用者であること、被告武がその運転手であつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

〔証拠略〕を総合すれば、次の事実を認めることができる。即ち原告は生来、頑健な体の持主ではなく、左官職人として、ようやく勤めあげていた程度であつて、従前より酒ぐせが悪かつた。本件事故当日、慰安のために富士山五合目まで行つた帰りの本件事故であるが、作業場を出発するときから日本酒を飲み、更に途中三合位を飲み、五合目でウイスキーを更に飲む等それ相当に酔つていたこと、その間被告隆蔵は原告に対し飲みすぎることを注意したにもかかわらず、右の如く飲酒していたこと、帰りの車の荷台に原告を押し上げるようにして乗せ、しかもシートを下にしいて、その上に腰をおろさせて運転台の背中の綱に掴かまらせ、その脇に案内役の佐野亀吉が立つて、ゆつくりと加害車が発進、約一五米位進行した処で原告が転落した。

以上の認定事実によれば、被告武には酔余の原告を荷台に乗せたまま(即ち助手席に同乗した者交替させて安全な助手席に乗せるなどより安全な方法もとり得る余地があつたとも考えられるのにそれに出でず)発進した軽度の安全運転義務違反があつたと解するのを相当とする。しかしその過失割合は右諸事情を総合して原告が九割、被告側が一割と認める。この限度において被告両名は原告に対し賠償責任がある。

従つて被告側主張の免責の抗弁を採用しない。

三、同第三項(損害)につき検討する。

(一)  治療に伴う諸雑費 金三万円

前認定の入通院の期間などから治療に伴う諸雑費として金三万円位を支出したものと推認するのを相当とする。

(二)  休業損害 金七六万五〇〇〇円

原告が休業した期間につき適確な証拠はないけれども、弁論の全趣旨から前認定の治療並びに余後の状態を考えると、請求原因第三項(二)イの限度で認めるのを相当とする。原告の日当が金一八〇〇円であつたことは〔証拠略〕によつても認め得る。その一カ月の稼働日数にしても大体二五日というのは常識的に推認できる。そして昭和三九年一一月以降昭和四一年三月まで一七ケ月間に金七六万五〇〇〇円の得べかりし利益を喪失したものというべきである。

その余については立証がない。

(三)  慰藉料 金七〇万円

前認定の諸事実によれば慰藉料は金七〇万円を相当と認める。

四、結論

以上の損害認定額は金一四九万五〇〇〇円であるから、ほぼその一割に相当する金一五万円を原告は被告両名に対し賠償請求できるものというべきこととなる。なお、これに対する完済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の起算日は本訴請求の内容からみて本件訴状が被告両名に送達された翌日たる昭和四四年八月一七日(この点は当裁判所に顕著である)と解するのを相当とする。その余の請求を失当として棄却し、民事訴訟法第九二条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 龍前三郎)

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